佐倉TMO

佐倉市商工会議所まちづくり支援室 高橋義和

(高橋)

中心市街地活性化事業として、平成13年に基本構想が策定され、平成14年3月に活動する団体として商工会議所が認定された。
もともと商業の中心として栄える場所であったが、郊外に大型ショッピングセンターやホームセンター、家電の量販店などができ、昔からあったまちが空洞化して滅亡しかけている状態。
古くからあった町はいろいろなものがあった。お年よりもいれば福祉、教育、医療もかかわるという視点で見直したい。


歴史生活資料館は元家具屋さんだったところに民具等を展示、市民ボランティアの方々が35名ほどで交代で案内をしている。
パネル等も関っている市民ボランティアの方が作った。
オープン後2万人、月千人の方が来館。小学校3〜5年生が昔の町と暮らしを見学に来ている。
商店街の活性化というより、まち歩きの場として利用されている。活性化までは時間がかかる。


手づくり工房さくらは明治の大火後に建築された種苗店が空き店舗状態になっていたが、この古い商家を保存活用したいと活動されていた「まちづくり工房もっこう会」が、TMO構想に位置づけられた「手づくり工房さくら」の運営に関っていただきました。
ここでは、地域の作家の作品を委託販売しながら、喫茶部門も運営している。今後、援助がなくても運営していけそうになってきた。


佐倉茶屋はホームぺージも充実し、全国から注目され視察に来る方がも続いている。
ビジネスの前にコミュニティづくりを進めていると言える。商売の前に顔の見える関係づくりを「さくら塾」というまちづくり学習会を通じて構築し、茶屋の運営方針の確立を目指している。


チャレンジショップ佐倉は、栄町の空き店舗を活用。
20坪を5つに割って2坪の区画を5つ作って5人が出店。半年契約で更新は一回だけとしているが、全員が更新した。
中に入っている人同士が仲良くなり、一緒に新店舗を借りて新スタートをしようかという話も出ている。
周囲の店舗で競合を気にする方もいらっしゃるので心配であったが、実際オープンの段になったら商店街の方々がみんなで手伝いに来てくれ、協力的に応援していただいている。


風鈴フェスタは平成15年から実施している。佐倉小学校の3年生を対象にした事業で、お店に風鈴を買っていただき、小学生が絵付けをし、お店に風鈴をつるしそれぞれの店から親に手紙を出す。
家族で風鈴を見に来てもらえる。平成16年は4校に増え、美術館の永山さんにも協力いただいた。
これからは、市民の方に関わっていただける実行委員会にして行きたい。風鈴でなくても良いかもしれない。
かつて、足利に行ったとき、渡良瀬川の花火大会イベントのポスターに小学生の絵を採用していた。各商店には異なった小学生のポスターが貼られ、ご家族に手紙を出し、来店を誘導するのだと聴いたことがあり、これは参考にすることができると思った。
佐倉では金毘羅市になじむように風鈴になっている。


毎月10日に金毘羅縁日を開いている。
気やすい街にしようということで、野口屋、細谷ミート、工藤さんなどの市民グループが手弁当で平成14年5月、6月に自主運営で行ってくれた。
7月からTMOも入らせてもらい、協賛を呼びかけた。
当初は協賛商店は少なかったが現在では五十数店が協賛。独自運営に近づいている。
運営財源が充実してくれば月1回の開催ではなく、2回以上開催し事務局の人的充実も必要となってくるであろう。
平成15年からはNPO木ようの家の皆さんの取組みにより野口屋の一角で子育て交流スペースが用意され、子育て中のお母さんがたにも、このイベントを楽しんでいただくことができるようになりました。
NPO佐倉こどもステーションやNPOニッポンランナーズの皆さんにも関っていただきながら進めています。
TMOとして振り返ると、この3年で様々な人との関わりの輪が広がって意識が変わってきた。
地域で暮らす方々と連携して行く方向へ進んでいる。
いろいろな事業が自主運営していけるようにしたい。

道の部会というのもできて城下町の道の再生を検討している。

(新谷)

TMOのまちづくり推進室は人が少なくて大変そう。

(高橋)

視察に来る人が増えていて、準備・案内に忙しい。
また、現場で関っている方々にも多忙の中、協力いただいている。
情報交換をする度に続けることの難しさを感じる。

(新谷)

資料館には多くのボランティアがいるのに、なぜTMO事務局がそこにないのか。
自由に来ていることができるスペースを用意してあげればと思う。
勝手に手伝ってくれる人が増えて行けば、良いアイデアが出てくると思う。
いっそのこと商店街の空き店舗に支援室が入ればよいのではないか。
市民といつも接することができる場が良い。安藤タバコ屋はひっきりなしに人が来ている。
昔は商店街を500m歩くうちにいろんなところで声がかかって時間がかかったのではないか。

(高橋)

栄町でもチャレンジショップの2階に事務局が来ると思っていたといわれた。

(新谷)

もう少し外へ出る努力をしていただけたら。

(奥津)

私のような商店以外の人を受け入れていただいているのがありがたい。

(高橋)

いろいろな人に入ってもらい、よいやり方を教えていただきありがたい。

(宮本)

周りから教えていただいていると受け止めていただいているが、もともと昔は商店街が持っていたやり方である場合もある。

(新谷)

信長の楽市楽座は造った人が物々交換をしたのが始まりだった。貨幣経済が普及して単に売るだけになってしまった。
もともとの「造ったものを売る」「得意なものを売る」ようになると良い。
まちは小さくなって行くのだから、その中で完結する日用品で成立できる商店街になれると良い。